菅名 礼留氏「大人の色水あそび」


2005.6月

「大人の色水あそび-10」

GANYMEDE(ガニメード)

  • Underberg 20ml
  • Orange Curacao/Crème de Orange 20ml
  • Orange juice 5ml
  • Orange bitters 5ml
  • Ouzo 1/2tsp.

Shake all with ice and pour into a short cocktail glass.
以前、Higuchi師からいただいた宿題があります。

Underbergを用いたカクテルです。Underbergとは、40種類以上のハーブ、スパイスのエキスを用いたドイツの国民的リキュールで、彼の地では一日に100万本が消費されるというのですから驚きです。このちょっと胃薬のような香りの特徴的な風味で、なにかさわやかなカクテルをつくってみなさい、という宿題でしたので、上のような内容になりました。Ouzoは、御存じのように、アニスをブランデーに浸漬した後、蒸溜したギリシャのリキュールです。舌を心地よく収斂させるアニスの風味をアクセントに使ったつもりです。オレンジ(Citrus sinensis)は、もともとUnderbergとの相性もよい上、Ouzoとの組み合わせで、ギリシャを想像させることを狙っています。

ギリシャのイメージを狙った理由は、神話の登場人物から名前をとってみようかと考えたからです。ギリシャ神話にはアドーニス(Adonis)、ヒュアキントス(Hyacinthos)、ナルキッソス(Narcissos)など、多くの美青年が出てまいります。アドーニスは女神アプロディーテー(Aphrodite, ローマ神話のヴィーナス(Venus))に可愛がられた青年。ヒュアキントスは男性のホモセクシャル第1号ということになっていて、あのアポローン(Apollon)の恋人(ヒアシンスの名の由来は彼ですが、あの花にそんなイメージがあるでしょうか)。ナルキッソスは、御存じのように、水面に写る自分の影に恋して溺死した美青年。自己愛の元祖です。でも、神話にはまだまだ「いいおとこ」が出てきます。ガニュメーデース(Ganymedes)もそのひとりです。ガニュメーデースは、トロイの美少年で、ゼウス(Zeus, ローマ神話のユピテル(ジュピター)(Jupiter))がオリンポスの神々にお酌をさせるためにさらっていった少年です。アドーニスなどは、実際にカクテルに名前が用いられていて、小生も愛飲していますが、神々にお酌をしていたガニュメーデースの名もカクテルにはぴったりではありませんか。

「でも、Underbergはドイツのものだろう? 」と諸兄は訝んでおられることでしょう。

実は、このガニュメーデースとドイツはまったく関係がないわけでもないのです。お馴染みゲーテ翁(Goethe, Johan Wolfgang von, 1749 - 1832)が「ガニュメート(Ganymed)」と題した詩を書いていて、あのシューベルト(Schubert, Franz, 1797 - 1828)が歌曲に仕上げたのが1817年。歌曲王20歳のときです。この作品を含む作品19の3曲はゲーテ翁その人に捧げられているのですが、翁の反応は概して冷淡だったというのですから、ちょっと残酷です。春の野にあそぶガニュメーデースを全能の神ゼウスが天界に誘うというストーリーで、シューベルトは詩に溢れる牧歌的なのどかさの中の恍惚感を見事に音楽化しています。でも、この詩の神様は、ゼウスというよりも、一神教、つまりキリスト教の神様のような感じがするのは小生だけでしょうか。ゲーテ翁もシューベルトもキリスト教徒だったでしょうから仕方ないですね。ともあれ、ガニュメーデースの逸話はドイツの大芸術家たちによっても、なじみ深いものになっているわけです。

ガニュメーデースといえば、衛星の名前にもなっています。1610年にあのガリレオ(Galilei, Galileo, 1564 - 1642)が手製の望遠鏡で発見した木星の4つの衛星のひとつにガニメデの名がつけられています。木星はヨーロッパではジュピター(Jupiter)と呼ばれていますから、なぜガリレオが木星の衛星にガニュメーデースの名を用いたかは容易に理解できます。この衛星ガニメデは太陽系最大の衛星で水星より大きいそうです。それで、当時の技術でも観察可能であったわけです。衛星が惑星のまわりを回る様子を明らかにしたこのような観察から、太陽が地球のまわりをまわるのではなく、地球が太陽のまわりをまわる「太陽系モデル」が提出されてくるのですが、これがもとで彼は宗教裁判にまでひっぱり出されます。裁判のあと、「それでも地球はまわっている。」と、いじけてつぶやいたのは有名なお話です。18世紀の大哲学者カント(Kant, Immanuel, 1724 - 1804)はその著書で、太陽系の起源について、木星の衛星系が太陽系に似ているので、その起源も類似しているのだろうと述べています。先出のゲーテ翁は、動物の頭蓋骨は、ちょうど花が葉から進化したように、椎体骨(脊椎、つまり背骨を構成しているひとつひとつの骨)が進化したものだろうと言っています。頭の良いひとたちには、こういうことまで見えてしまうんですね。

ところで、諸兄には、手酌派もおられれば、やはりお酌はしてもらうものと御考えの向きもあることと思います。以前にも御紹介したペルシャの大詩人オマル・ハイヤーム(Khayyam, Omar, 1040? - 1123)は、サアキィと呼ばれる酒家の酌婦にすすめられる葡萄酒を無上の喜びとしていますが、この酌婦、じつは女性ではなく、紅顔の美少年だったといいますから、ガニュメーデースにお酌をさせたゼウスに一脈通じるものがあります。小生などは、せっかく美しい御仁にお酌をしていただけるのなら、是非女性に御願いしたいなどと、つい思ってしまいますが。

諸兄はいかがですか?